ZBL-rajiame’s blog

ゲーセンゲームのハイスコアとスコアラーに特化したブログです。

昔話1 :KSDというハイスコア系同人誌

1994年から数年間、KSDというハイスコア専門の同人誌を作っていた。

 

いや、ハイスコアと言うか、スコアラー専門の同人誌であった。

 

KSDとは「関東スコアラー同盟」の略称だ。

 

「関東」と付くのは当然ながら「関西」に対抗してのネーミングだ。

 

関西にも「ハイスコアファンジン」というハイスコア専門の同人誌が存在したので、それに対抗したものであった。

 

ハイスコアファンジンの発起人は今でもハイスコアを地道に続けているスコアラーだ。

 

私はハイスコアファンジンを実は見たことが無いのだが、おそらく多くの関西のスコアラーが関わっているのではないかと推測する。

 

いつか機会があったらこの発起人のスコアラーに現物を見させてもらい、当時の関西のハイスコア熱の雰囲気を味わってみたいものだと思っている。

 

94年より少し前(90~93年ぐらい)の関東方面のハイスコア情勢は、私の2つ3つ上の世代のスコアラーが、就職等を機にゲームセンターに来なくなっていた時期だったため、全体的にハイスコアの熱は少し冷めたかなという感じだった。

 

また、これは東京の一部の地域だけの話なのかも知れないが、おおよそ89年~90年辺りから、ナムコがゲームセンターからゲームマニアを排除するという方向性の運営を行い始めていたため、上記の私の先輩世代のゲーセン離れと重なったこともあり、一層「ハイスコア」というものの価値は下がっていっていたような感じを私は受けていた。

 

そして更に91年のストリートファイターIIの登場で「ハイスコアよりも対戦格闘ゲームで勝敗を白黒はっきりつける方が断然面白い」という、今までとはゲームの上手さを測る物差しがまるっきり変わっていくような時代でもあった。

(この「ハイスコアと対戦ゲームの競技性の違い」については、一部のスコアラーの間でわかり易く説得力のある説明がなされている)

 

対戦格闘ゲームのブームの中で、今までゲームをそれほどやらなかった客層がゲーセンに来るようになり、ゲーセン人口は非常に多くなっていった。

 

先輩方も時々ゲーセンには来てくれるものの、やるゲームは対戦格闘ゲームが多かった。

 

「ハイスコアはやる気が起こらない」

 

「ハイスコアよりも対戦の方が全然熱いでしょ」

 

みたいな話は格闘ゲーマーはもちろん、上記先輩方も口をそろえて語っていたものである。

 

これは私は全く否定しない。自分も少しというか大分ストIIはやった口であったからだ。

 

そのような状況の中で、「ハイスコア、関西の人に負けてるの?そんなのでいいのかい?」

 

みたいな煽り文句が時々先輩方より浴びせられてきた。

 

私は91~94年ぐらいの時期に、夏休みには関西方面のハイスコア集計店に遠征に出かけていたので、その時の関西スコアラーの知的かつ、ハイスコアに対してきちんと理論立てて攻略をしているところに、非常に感銘を受けたのと、ハイスコア集計店舗ごとの、全一獲得数の争いに対する、スマートな戦略が羨ましいなとも感じていた。

 

そういった関西での「盛り上がり(これは私が感じただけの可能性もある)」を先輩方に話をしていたものだから、上記のような煽りを私が受けたというところだったのだ。

 

そして今回の話の冒頭に登場した、ハイスコアファンジンの存在も頭にあったので、

 

「これは関東方面のハイスコアというものをもう一度盛り上げないといけないな。」

 

という念に駆られ、上記の遠征仲間の高沢一成氏に話を持ち掛けてみてKSD(関東スコアラー同盟)という同人誌を作るに至ったのだった。

 

ネーミングとして「関東」と「スコアラー」はそのまま自然に出てきたので良しとして、最後のDに関しては「同盟」という言葉よりも先に、「KSD」という3文字が決まっていた。

 

それに合わせたかったので、無理矢理に「同盟」という単語を選んだという感じだった。

 

何故KSDにしたかったかというと、既にKSDというハイスコアのサークルが千葉の八千代プレイランドカーニバルで私のハイスコア仲間が名乗っていて、その仲間を「関東スコアラー●●」に巻き込みたいがために、Dとつけられる単語で「関東スコアラー」に違和感なく続けられる、「同盟」という単語を採用した。

 

当然(?)、彼はこの話に乗っかってきた。(笑)

 

名付けというものはどうでも良いように見えてやはり重要だと思う。

 

私はこのような罠というか仕掛けを時々行っていたような気がする。こういった個人的な罠が結構当たってくれるので面白かった。

 

・・・さておき、KSD創刊の際には関東圏内で協力をしてくれそうな店舗を回ったり発掘したりで、当時いろいろなゲーセンを回っていた。

 

ベーマガやゲーメストで既にハイスコア集計に参加をしていて話がしやすかった店舗や、掲載店でなくても「何故か」店内にハイスコアボードがあるゲーセンを見かけた時には、店員さんに声をかけていったものである。

 

この、「ハイスコアボード」というものがゲーセンにあるのが既に稀な時代であったし、

(例えば「ゲームセンターあらし(という漫画)」が流行っていたぐらいの古い時代(大体79~82年ぐらい)は、駄菓子屋でもハイスコアを紙に張り出すというような風潮はあった)

 

ハイスコアボードがあるという事は、「何故か」ハイスコアに興味がある店員さんがいるという証でもあったので、そういったお店にKSDへのご協力を頂けないかという話を持ち掛けた時には、毎回即決・快諾を頂けるような状況であった。

 

・・・こうして今懐かしい昔話を書いていて、これはこれで良い思い出なのではあるが、

 

今、私はこうしてせっかくJHAというハイスコアの協会に携わっているわけだから、今度は関西に対抗でなく、e-Sportsに対抗、いやむしろe-Sportsとは融合・共生をしていきたいと考えている。

(とは書くものの、なかなか難しいであろう。 何故ならば、e-Spotrsは「対戦ゲーム」から派生したカテゴリであり、前述もしたが、「ハイスコアと対戦ゲームの競技性の違い」は、一部我々の間でははっきりと区別がされているからだ。)

 

・・・話の最後に少し課題を残す形の記事となったが、ハイスコアを良い形として残していくには、私もそうだしJHAやそれにかかわる方々はもちろん、いろいろな方々のアイデアや協力が必要だと思っている。

 

e-Sportsとの融合・共生というのはアイデアの一つであると思うし、逆に全く違う路線で良いものを残す道を開拓していくのもアリなのかも知れない。

 

そして今度はKSDの時のような同人誌止まりではなく、きちんとした形のものに仕上げていきたい。

 

という気持ちから、今回の記事に至ったのであった。

 

少ない人数では限界もあるので、より多くの人を巻き込んで、引き続き良いものを残すべく活動をしてきたいのである。

 

ZBL-rajiame 拝