「らじあめ師匠、KSDの2号の拡大コピーを店内に貼りまくっているヤバい店長がいるゲーセンがあるんです!」
・・・と、越谷のスコアラー、ユング師匠が教えてくれた。
「いきなりお店にKSDのコピーが貼りだされていたので、みんなびっくりして近づけなかったんだけど、(そのうちつかまって)店長と話すようになってました。」
とのことだった。
お店はゲームイントーヨコ北越谷店だ。
トーヨコについて、私は当時足立区北千住のトーヨコだけ存在を知っていたが、北越谷にもあったのかという印象であった。
それどころか北越谷店店長のFさんに話を聞いてみると、「北千住店にもいたことがあるよ」とのことだった。
かの有名なスコアラー、ぎるはま(爆)氏も北千住のトーヨコ出身だったのだが、(という書き方が適切かどうか。^o^;)
F店長は、
「ああ、HAMADA、知っているよ。あいつは有名なの?」
と、全然事情を把握していなかった。(笑)
「ツインビーの頃からなので、85年ぐらいから有名ですよ」とお伝えさせて頂いた。^o^;
そしてトーヨコ北越谷店はスコアラー界の巨人(?)ZBL-NAI氏の拠点の一つとなり、この記事に添付した画像にもある通り、ハイスコアも対戦ゲームも非常に盛んなゲーセンとなった。
・・・しかし「常連名簿」もスゴイし「登録ゲーマー数100名を超える所属ゲーマー」も凄いですなと。^o^;
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格闘ゲームはFLNを中心としたトーヨコ軍団とあるが、店内に存在した畳張りの休憩所(※ユング師匠と「欽どことか欽ドンかよ!」と突っ込んでました(笑))には確かにFLN師匠が住み着いていた。
F店長のスコアラーや格闘ゲーマーをどんどん増やしていこうという積極的な姿勢で全国各地からの遠征客も多かったゲーセンであるのと、
常連のスコアラー達も店長の多大なるバックアップの元にハイスコアがガンガンたたき出されていたという印象のゲーセン。それが私にとってのゲームイントーヨコ北越谷店といったところだ。
F店長は対戦ゲームの全国規模の大会がある時には選手(とは当時は呼んでなかったが)に餞別を持たせたりと、現代のプロゲーマーのスポンサーみたいなこともしていたような記憶がある。
KSDへの食らいつき方といい、対戦大会への熱の入れ方といい、とにかくナチュラルにアツい方だったのだ。
トーヨコの常連の方であらばF店長との濃くて非常に楽しい、通常であらばなかなかあり得ないというようなやり取りも経験しているでしょうから、
そんな話を今でも沢山聞いてみたいなと思いつつ、今回の稿を完了とさせて頂くのであります。
トーヨコは越谷勢に語って頂くのが一番良いと思うんですよね。^o^
ZBL-rajiame 拝